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船箪笥(半櫃)製作の日々 >>
(2008年3月〜2010年11月)

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1棹の船箪笥が できあがるまでの様子をお伝えします。
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季 節 - 道 具
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- 設 計 -
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-  雪は少ないはずの岩手が70年ぶりという大雪に見舞われた2005年12月、新しい船箪笥の製作に取り掛かりました。
 縦横50cmほどの大きさで上段は引き出し、下段は観音扉になります。
 船箪笥の設計では、飾り金具など外観のデザインと、からくりや引出しの構成など内部のデザインを並行して進めます。もちろん外観だけでも十分に見る人を魅了する船箪笥ですが、次々と現れるからくりを見てから再び扉を閉じた時、お客様はいつも満足そうな笑みを浮かべてくださいます。船箪笥の外観は変わらないはずなのに、内部を見る前と後とではまったく違うもののように映っているのだと思います。
 新作には、これまでにないアイデアを含めて10種類前後のからくりを仕込む予定です。
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季 節 - -
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- 釘作り -
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-  金具作りの前に、金具を木地に取り付けるための釘を作ります。太さ3ミリ強の鉄棒を火で赤めてたたき伸ばし、適当な長さに切った後、金槌で頭の形を作っていきます。最後に漆を焼き付けて黒く着色します。
 こうして火造りした手打ち釘は、機械製の量産品にくらべてはるかに長持ちします。古箪笥を修理していると、100年以上前の手打ち釘は丈夫で再利用できるのに、後から補修のために打ち付けた機械釘は錆びて頭がもげてしまう、ということが良くあります。
 何度も叩き鍛えた釘と、材料を溶かして押し出しただけの釘では、鉄の内部構造に違いが出るようです。かつて「法隆寺の鬼」と呼ばれた宮大工の西岡常一棟梁は、著書の中で古建築に使われている手打ち釘の利点を力説された上で、「機械製の釘も、溶かした鉄を複数の穴から押し出して重ねるようにすれば数倍長持ちするのに」と嘆かれていたように記憶しています。
 このように、耐久性において機械製のものにはるかに勝る手打ち釘ですが、実は私達がそれを作るようになったきっかけは、この仕事を始めて間もない頃、柳宗悦の次の一節に出会ったことでした。

小さな存在ではありながら、船箪笥で目につくものは鋲である。一個の箪笥に打たれている鋲の数は、驚くほどの数に上る。懸硯の例を引くと大体少なきは三百、多きは一千本に及ぶ。
(中略)
鋲は釘であるが、上が丸みをもって盛り上がり、頭は径三、四分(一、二分の誤りか)ほどの円形をなすが、作り方は凡て打ちものであった。手打ちの細工は小さな鋲一つにも何か生命を与えた。今の釘のような冷たさはない。金具の要所々々を、之で留めてあるのを見ると、それが飾りの役をも勤め、品物をどんなに美しく又強くしていることか。鋲のために金具は奥行を増してくる。帯金や蝶番などにはそれが行儀よく居並ぶ。

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-  この文章を読んでからあらためて古箪笥に接した時、手打ち釘の表情の豊かさを知ることが出来ました。そして厄介なことに、もう機械釘は使いたくないという気持ちになってしまったのです。
 すぐに手打ち釘を作っている鍛冶屋を探しまわりましたが、手間がかかる上に需要もほとんどないため、現在では作る職人がほとんどいないことが分かりました。ようやく見つけた京都の鋲職人さんは社寺建築に使う鋲の製作に忙しく、注文は受けられないとのことでしたが、目の前で一本だけ釘を作って見せてくれました。その記憶を頼りに試行錯誤して作り方を覚え、今日に至っています。
 今となっては、釘を作ってくれる鍛冶屋に出会えなかったことに感謝しています。自分で作るようになって釘の大切さを深く知ることができましたし、作品に応じて釘の長さや頭の大きさを自在に変えられるのはとても都合のよいことです。そして何よりも、金具と釘が一体となって箪笥を守る姿に、より一層愛着を感じることが出来るのです。
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- 材料選び -
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-  材料を選び、大まかな大きさに切り分けます。
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-  本体は欅の一枚板、引き出しの内部は桐です。船箪笥の顔である前面には、よく枯らした欅の5分(15mm)板に玉杢の2分(6mm)板を貼り合せたものを使います。水玉のような木目が並んでいるものを玉杢と呼びますが、これ程見事な玉杢にはなかなか出会えません。この材料は10年ほど前に知り合いの骨董商から手に入れましたが、木挽き鋸の跡が残っているので、このあたりにまだ製材機がなかった時代に製板されたものと思われます。
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-  船箪笥には、古民家の解体材や旧家の倉庫に長年眠っていた板などの古材を主に使います。木工屋の間ではよく「樹齢100年の木は100年使える家具に」ということが言われますが、良質の欅は500年経っても材としての命を失いません。平泉の中尊寺には室町時代にたてられた旧覆堂が残っていますが、欅の柱には修復の跡もなく現在も立派に役目を務めています。伐採後50年から100年経った欅はしっかり乾燥しているだけでなく、色合いが赤みを帯びた深い褐色をしていてえもいわれぬ雅味を帯び、まさに使いごろなのです。
 ところで、こんな古材でも置き場所を変えると動き、切り分けるとまた動くことがあります。ごく単純化して説明すると、1枚の板の中には上下左右いろいろな方向に曲がろうとする部分が混在していて、それらの力の均衡のうえに現在の形が保たれています。一部分を切り取ったり厚板を数枚の薄板に挽き割ったりすると、内部の均衡が崩れてそれぞれ動きたい方向へと動いてしまうのです。
 そこで、大まかに切り分けたり挽き割った材料は、すぐには鉋をかけず、作業場に吊るして1週間ほど様子を見ます。湿度を管理した室内の環境になじむのを待ち、欅が動かなくなるころあいを見計らって次の工程に進みます。

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季 節 - 道 具
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- 荒削り -
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-  欅の板を平らに削る「荒削り」の工程に入りました。初めのうちは電気鉋、その後は手鉋で削ります。板に定規をあてて反り具合を調べながらの作業ですが、大切な材料を下手に削って台無しにしないよう、慎重に進めなくてはいけません。
 歪んだ板をまっすぐにすることを、職人の間では「クセをとる」といいます。数十年間外気を遮断していた表面が荒削りによって取り除かれると、材は再び動きます。動く方向は、ほとんどの場合、削る前に歪んでいた時と同じ方向です。木には、たしかに「クセ」があるのです。
 ある材木屋さんが、国内の桐と北米の桐は反対向きにねじれて成長すると話していました。そのため、製材して乾かすときにも、わずかですが反対向きにねじれるそうです。そして木の繊維方向の関係で、右利きの人が鉋をかけると国産材の方が艶よく仕上がるということです。
 荒削りを終えた材料は再び空中に吊るし、動きが止まったところで削りなおします。
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季 節 - -
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- 中削りと貼り合わせ -
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-  荒削りのあと1月余り作業場に吊るしておいた欅の板を、再び削っています。巾30センチほどの板に定規を当てると、中央で1〜2ミリほど隙間ができているので、高いところを少しずつ削り落として平面を出します。
 梅雨期、特に雨の日には作業場に湿気を入れないよう窓を閉め切って仕事をします。大型除湿機で湿度を管理しているのですが、その排熱で室内は汗がにじむほど暑くなります。
 正面の扉や前蓋になる玉杢の2分(6ミリ)板も削り直し、5分(15mm)板と貼り合わせます。削り終え、動きが大体止まった材料は重ねて保管し、次の墨付けの工程に備えます。
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- - 道 具
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- 墨付け -
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-  平らになり厚みも揃った材料に、いよいよ鋸や鑿で加工するための墨付けをします。家大工はその名の通り墨でしるしを付けますが、より精度が求められる家具の場合、白書き(しらがき)という小刀のような刃物でごく細い線を引きます。場所によってはシャープ・ペンシルも使います。
 船箪笥本体を構成する材料には、からくりを仕込むために数多くの溝や穴を掘らなければなりません。今まで頭の中にあった様々な仕掛けが、墨付けの段階でようやく目に見える形になり始めます。この隠し箱はこの箱の後だから溝はここで止めて、というように立ち止まりながらの作業です。
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- 刻み -
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-  材料に付けた墨線に沿って、鋸や鑿で加工する「刻み」の工程に入っています。特に強度が必要とされる本体の4隅は、天秤指しという手の込んだほぞ組みをします。細かい台形のほぞが並ぶ姿が美しく、デザイン上のアクセントにもなる組み方ですが、船箪笥では残念ながら帯金具の下に隠れてしまいます。
 木工をあまりご存じない方からよく「手作りですか」「機械は使わないのですか」と聞かれることがありますが、刻みの工程ではおもに機械を使い、細かい部分を手作業で仕上げます。たとえば側板に棚板をはめ込むための溝などは、ルーターという電動工具がどんな名人よりも正確に速く掘ってくれます。
 ただし機械にも当然欠点はあって、その最大のものは怪我をする危険性です。ある大工が「機械には木と人の区別がつかない」と言ったそうですが、ひとつひとつ反応を確かめながら作業する手工具との違いをうまく言い表していると思います。
 機械の速さは、考える時間も奪い取ってしまいます。間違った加工もあっという間にやってしまうので、一瞬も気を抜けません。
 普段はこんな緊張感を抱えて仕事をしているのに、雑誌などの取材で作業風景を撮りたいと言われると、鉋や鑿を手に悠然と仕事をしている振りをしてしまうのです。
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季 節 - -
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- 組 立 -
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-  本体を組み立てています。部材の加工が正確にできているかどうか、何度か仮組みをして確かめた後の本組みです。作業場をきれいに掃除し、接合部の形に合わせてヘラを削り、一気に接着剤を塗って組み立てます。
 本体の組み立ては、住宅建築にたとえると建前のようなもの。このあと内部の造作などの作業が延々と続くのですが、大きな節目であることは間違いありません。このあたりでは、大工さんや施主の家族が屋根に上って餅をまき、盛大に宴会をする習慣が残っています。この船箪笥にもしも注文主がいたら、今夜は一緒に一杯やりたい気分です。

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- からくり -
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-  からくり作りは、最も楽しい工程の一つです。
 昔の船箪笥にも使われていたからくりの他に、新しく考えたからくりを毎回必ず仕込むようにしています。すべて二番煎じでは特注品としての価値も防犯性もないと、北前船の船頭は言うでしょうから。
 からくりはもともと大事なものを隠すために考えられたことは言うまでもありませんが、時代が下るにつれて、見る者の意表をつく、あるいは楽しませる要素も加わってきたように思います。例えば、今回の船箪笥でも取り入れていますが、一見観音開きに見える2枚の板は、片方が扉、もう片方はスライドさせて外す「ずり戸」になっている場合が多い。しかもその「ずり戸」を扉に見せかけるために、機能しない蝶番金具がわざわざ取り付けられているのです。盗人の目を欺くという意味ではまったく効果のないこんな仕掛けが、どうして生まれたのでしょうか。
 「船箪笥」のページでも触れたように、北前船の船頭が北国の船問屋の座敷で取り引きをする際、船箪笥はいわば帳場箪笥として常に傍らに置かれたといいます。相手は海千山千の商人で、ライバルの船頭達の持ち物も眼にしているはずです。ここでなめられては商売をしくじることになる。そんな事情から、船頭達は飛び切りの趣向を凝らした船箪笥を職人に作らせたのかもしれません。
 現代の私たちが船箪笥に惹かれる大きな理由の一つも、このからくりを見る楽しみにあります。展示会で船箪笥の内部を紹介する時にお客様の様子を拝見していると、最初は驚き、次に満足そうな表情を浮かべ、最後は自分が作ったもののように周りの人に自慢するようになる方もいらっしゃいます。
 とはいえ、エンターテイメントを追求するあまり本来の目的からかけ離れてはいけないことも、常に自分に言い聞かせています。やすやすと見破られてはならないことは言うまでもありませんが、かといって開け方が複雑過ぎて持ち主がてこずるようでもいけない。いざ船が沈むという時にそれを持って逃げることが出来なければ、元も子ありません。そういう点での使いやすさ、機能性は必須です。さらに、からくりは大切なものをしまっておく場所だから、開ける過程や隠し箱そのものが美しく、丈夫でなければならないとも考えています。
 隠す機能と見る楽しみのバランスが程よくとれた時、持ち主は開けるたびに満足してくれるのではないでしょうか。


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- - 道 具
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- 引き出しの仕込み -
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-  からくりの仕掛けがほぼ出来上がったので、引き出し作りに取りかかりました。
 引き出しの内側には岩手県内で育った桐の柾目を使います。桐材にはタンニンが多く含まれているので、製材後2、3年は屋外で雨ざらしにします。これはアク抜きと呼ばれていて、白い桐の表面は、乾燥するにつれてすこしずつ黒っぽくなっていきます。乾燥後は鉋を掛ければわずかに光沢を含んだ白い材面が現れますが、アク抜きが不十分だと製品になった後で黒ずんできます。
 桐材は軽くて狂いにくいだけでなく、防虫、防湿効果があると言われています。松やヒバのように脂がないので、中のものを汚す心配もありません。古い箪笥を修理していて気付いたことですが、杉の引き出しは特有のかび臭さがあるのに対し、桐の引き出しはほとんど嫌な臭いがしません。防カビ性もあるのでしょう。
 私たちの祖先は、山に生えているこの有用な木が里でもたやすく栽培できることを発見しました。娘が生まれたら桐の苗を植えて、嫁入りの時に箪笥を作ったといわれるほど成長のよい木ですが、ここ岩手では寒さのためそれほど早くは育ちません。その代わりに年輪の詰まった良質の材が得られ、昔から南部桐の名で知られています。
 船箪笥に合わせて削り、切り揃えた桐板は、ウツギの木釘で組み立てます。接着剤が乾いたら慎重に鉋で削り、本体に仕込みます。
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季 節 - -
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- 木地完成 -
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-  船箪笥の顔である前面の蓋と扉を仕込み、全体に仕上げ鉋を掛けて木地が完成しました。
 この後240番の紙やすりで研ぎ上げ、研ぎ粉を丁寧に落としてから漆部屋に移します。

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- 木固め -
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-  完成した木地を、おが屑にまみれた細工場から静かな塗り部屋に運びました。
 昨日までの仕上げ作業は、マラソンの最後にスタジアムを走るのに似ていたかもしれません。どういうわけか、この工程はいつも、息をつかず一気に駆け抜けたくなるのです。ひんやりした塗り部屋は、そんな高揚した気持ちを静かに収めてくれます。
 塗りの最初の工程は「木固め」と呼ばれます。よくしみ込むように希釈した生漆を刷毛でたっぷり摺り込み、表面に残った漆をぼろ布で拭き取ります。漆をたくさん吸った部分ほど色が濃くなり、陰影が際立ってきます。塗り肌はまだ粗く艶もありませんが、1月後にどう仕上がるか、この段階ではっきり知ることが出来ます。手塩にかけた欅の板が生命を得て歩き出すような、何度経験しても嬉しい瞬間です。

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- 錆付け -
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-  木固めの漆を3日間ほど乾かした後、木目を埋めるために「錆付け」をします。砥の粉を水で練り生漆と混ぜたものを、漆の世界ではなぜか錆と呼んでいます。
 水分を含んだ錆は純粋な漆よりも乾きが速くなるため、ヘラで絶えず練り返しながら手早く作業しなければなりません。
 1日乾かして、再び錆付けします。
 
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- 錆研ぎ -
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-  錆が乾いたので、240番の耐水ペーパー(紙ヤスリ)に水をつけて研ぎます。木目以外に残っている錆はすっかり研ぎ落とさなければ、濁った仕上がりになってしまいます。この水研ぎは、木地の平滑度を高めて後日漆独特の艶を得るために、また次の工程で漆がしっかりのるためにもとても重要な作業です。
 「漆は手間がかかる」というと、多くの人は塗る作業を連想するようですが、実際には工程の半分以上をこうした研ぎや磨きの時間が占めています。
 錆研ぎの後は一晩乾かしてから再び生漆を摺りこみ、1日置いて水研ぎという作業を延々と繰り返します。耐水ペーパーは1回ごとに目の細かいものに持ち替え、きめ細かい肌を整えながら艶を上げていきます。
 
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- 金具・デザイン -
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-  木工室と隣り合う金工室では金具作りも進んでいます。日付は少しさかのぼりますが、ここまでの金具製作の工程をご紹介します。

 金具作りは図案を描くことから始まります。雲形と呼ばれる伝統的なデザインを写すのですが、このときに心がけていることは、船箪笥金具の特徴である力強い生命力を過不足なく表現することです。複雑な曲線の組み合わせからなる飾り金具は、人の手によるものでありながら、自然が生んだ玉杢の木目と同様、あたかも混沌のなかに秩序が生成する過程を見せてくれるかのような趣があります。
 出来上がった図案はパソコンに保存し、印刷したものを材料に貼り付けて加工します。最近は鍵の機構部分など一部をCADというソフトで正確に製図、印刷できるようになり、加工がとても楽になりました。
 

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- 金具・材料作り -
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-  鋼板をおおよその大きさに切り分け、火床で赤めて打ち延ばします。金槌を勢いよく振り下ろすと高温で出来た酸化皮膜が周囲に飛び散り、一緒に錆や不純物も取り除かれます。つるりとした表面は、次第に鍛鉄特有の表情を見せ始めます。

 年輪を重ねた鉄の道具には味わい深い肌を持つものがたくさんあります。明治以前、鉄は延べ棒状の形で流通していました。箪笥金具を作る職人は、まずこの延べ棒を打ち延ばして板にすることから仕事を始めたといわれています。手作業ですからどうしても僅かな凹凸は残りますが、その不均一な表面が固い鉄にどこか柔らかな雰囲気を与えることにもなりました。
 もっとも、当時の職人が目指したのはあくまでも正確な平面を槌の手業で生み出すことでした。時代が下るにつれてより平滑な面が求められるようになり、銑(セン)という道具で凹凸を削り取った金具もみられるようになります。しかしそのような流れの中で、仕事の力強さが失われてきたようにも思います。
 近代製鉄による圧延鋼板を初めて手にした時、職人達はその代価の安さだけではなく完成度の高さに驚嘆したに違いありません。こぞって飛びついたのは職人ばかりでなく、使い手もそれを「鏡のようにきれいなもの」として受け入れました。かつて合板が無垢の木に取って代わった過程も、これに似たところがありました。
 工業製品に囲まれる暮らしが当たり前になった今日、鍛造した鉄肌の味わいや無垢の木材のぬくもりが見直されています。しかし工房の鍛冶小屋で鉄を叩く時はそういうことを考えるよりも、純粋に北前船時代の職人達の心情にタイムスリップしてみたいと思うのです。
 

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- 輪郭の切断 -
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-  肌を整えゆがみを直した鉄板に型紙を貼り付けます。内側の透かし模様はドリルで穴を開け、足踏み糸鋸でゆっくり切り抜いていきます。
 中抜きが終わると、外側の輪郭を切断します。材質が固いため時間がかかりますが、この作業を雑にすると後のヤスリ掛けで余計な手間がかかるので丁寧に作業を進めます。

 ところで、船箪笥にはアクセントとしてよく花菱のモチーフが使われます。花菱は正倉院の時代から今日に至るまで広く使われてきたお目出度い文様ですが、実在する花を描いたものではなく、唐花と呼ばれる空想上の植物文様だそうです。
 今回の作品では、透かし模様と釘飾りに大小合わせて37個の花菱を使いました。
 重厚な鉄金具に華やぎを与えてくれる花菱紋。全体とのバランス、ラインの滑らかさ、面取りの大きさなどを考慮しながら切り進めていきます。
 

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- 面取り -
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-  鉄板の輪郭をきれいに整えた後、様々な形状のやすりを使って面を取ります。複雑に入り組んだ輪郭と面取りした内側の稜線は二重奏のように近づいたり離れたりしながら、金具に表情を生み出していきます。面取りは、金具の工程の中で一番心躍る作業であり、職人の腕のよしあしが現れる部分でもあります。
 輪郭と稜線の二重奏は力強く、なおかつ躍動感とリズム感に富んだものにしようと心がけていますが、度を越すと品がなくなってしまうので気をつけなければなりません。自然でのびやかに、まるで雲や生き物が踊っているようなラインをと心がけています。
 
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- 拭き漆 -
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-  塗り部屋では拭き漆の工程が進み、だいぶ艶が上がってきました。600番の耐水ペーパーで研いだ表面にヘラで漆を置き、ごくわずかな漆だけを残して拭き取ります。このとき、拭き取り方にムラがあると、乾燥するにつれてそこが目立ってくるので注意が必要です。

 拭き漆の特徴は、塗りと研ぎの回数を重ねるほどに透明感が増し、玉杢の木目が陰影を伴って立体的に浮きあがってくることです。他の塗装が厚い塗膜によって木目に秘められた深い美しさを押さえつけてしまうのと対照的です。
 

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- 座金作り -
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-  錠前金具のつまみや要所要所の鋲には、タガネで菊花や蓮華の模様を刻んだ座金を取り付けます。この船箪笥には大小合わせて26個の飾り座金を使います。
 中心の穴を開け丸く切り取った材料を写真のように専用の道具の上に置き、少しずつ回しながら溝を刻んでいきます。タガネは工具鋼で作りますが、菊の細かい花弁が適当な太さと深さになるよう刃先の形を工夫します。

 船箪笥の金具のデザインは寺社建築の飾り金具に源を持つと考えられ、飾り座金にもその影響は強く見られます。たとえば錠前金具のつまみの座金は全体の中心とも言うべきもので重要な役割を持っていますが、京都の東本願寺や高台寺に行けば、柱の根巻き金具を止めている鋲に似通ったデザインの座金が使われているのを見ることができます。
 小さな部品ですが、全体に散りばめられた時には美しさの重要な要素となります。その美しさはひと筋ひと筋の溝を丁寧に仕上げることによってしか生み出されません。木地作りにも塗りにも共通していることですが、うっかりすると見過ごしてしまいそうな小さな手間の積み重ねが、完成した時に大きな力になるのだと思います。
 

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- 錠前作り -
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-  錠前の部品を作っています。
 この船箪笥に取り付ける錠前金具は大小合わせて6つ、1つの錠前には15個以上の部品を使います。

 上の写真は、鍵穴の部品をロウ付けしているところです。通常、この部分は直径3〜4ミリの心棒があるだけですが、手の込んだ仕事ではこのように穴の周りに飾り座金が付いていて、それが鍵と共に回る仕組みになっています。座金中央の鍵穴には仕切りが設けられ、ぴったり形の合う鍵でなければ差し入れることができません。鍵の軸にも割れ目が入っています。

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-  こうした構造は割り鍵と呼ばれています。もともとは合鍵を防ぐために考えられたのでしょうが、花弁状に刻みを入れた座金は、花鋲や手掛けなどとともに錠前金具を華やかに飾ってくれます。

 錠前金具は箪笥に取り付けてしまうとその仕組みがわかりませんが、下図のようにバネ状の部品が上下することで開閉します。3枚バネといって中央の芯棒は軟鋼、左右の2枚は弾力のあるバネ鋼です。手掛けを押し上げればバネが開き、止め金につかえて下がらなくなります。開ける時は鍵を差し込み、その歯でバネを挟んで下方向にスライドさせる仕組みです。

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-  基本的な構造は、時代劇に出てくる千両箱や土蔵の扉にぶら下がっている錠前と同じで相当古くから使われていたようですが、箪笥金具に取り込まれたのは元禄以降、庶民に箪笥が普及してからと考えられます。しかし明治中期になり、開ける時も閉める時も鍵を差し込んで行う2枚バネ方式の錠前金具が出回ると、姿を消してしまいました。
 古い3枚バネ方式では、鍵を使わなくても指で手掛けを動かすだけで施錠することができます。便利なようですが、実はそこに大きな落とし穴が潜んでいます。鍵を引き出しに入れたまま施錠してしまうことがよくあるのです。
 以前お客様からSOSの電話がかかってきたことがあります。箪笥に鍵を閉めこんでしまった、明日海外旅行に出発しなければならないのに、パスポートがその箪笥に入っているというのです。そのお客様のお宅は遠方で飛んでいく時間もありません。仕方なくファックスと電話で「錠前破り」の方法をお伝えしてどうにか開けることができました。
 こんな弱点もある3枚バネ方式ですが、開閉時の心地よさ、菊座や蓮華座に飾られた手掛けの美しさ、重厚感はとても2枚バネ錠の及ぶところではありません。この魅力ある古式錠前を今後も作り続けていきたいと思います。
 
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- 磨き -
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-  水研ぎと拭き漆を交互に繰り返す作業は、ここまでで28工程になりました。2000番のとても細かい耐水ペーパーで最後の水研ぎをした後に3回の拭き漆を行い、十分に乾かしてから磨きを掛けます。砥の粉をサラダ油で溶いたものを木綿の柔らかい布につけて磨くと、漆のごくわずかな凹凸が削り取られてガラスのような輝きが生まれます。溝の中や入り組んだ部分は細めのヘラに布を巻いて磨きます。
 
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- 摺り漆 -
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-  油砥の粉で磨いた表面は洗剤できれいに拭き取り、漆を使って最後の艶出しをします。生漆を漉してごみを取り除き、脱脂綿にしみ込ませて箪笥に摺り込んでいきます。すぐに柔らかい紙などで拭き取ります。乾燥させた後、もう一度同じ作業を繰り返します。表面に残る漆はほんの僅かですが、磨いた後もわずかに曇りの残っていた塗面は深く濃い飴色に透き通り、漆特有の匂い立つような艶が加わります。
 
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- 引き手作り -
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-  この船箪笥には4種類19個の引き手を取り付けます。
 前蓋や引き出しなどには伝統的に角引き手が使われてきました。船箪笥の飾り金具は主に曲線で構成されていますが、角引き手の直線的で静かな形はその中にあって全体を引き締める役目を果たしています。北前船の時代、船箪笥は港々で大きな取り引きをする際に傍らに置かれたといわれていますが、角引き手はそのような場にふさわしいフォーマルな印象を感じさせてくれます。
 作り方はまず素材の鉄板を切り抜き、直線部をヤスリで整形した後、両端に剣先を連想させるしのぎを削り出します。この部分は洒落た装飾にも見えますが、引き出しを開ける時には刀を抜くような覚悟を持てという北前船頭の戒めがこめられていたのかもしれません。

 本体の側面には、蕨手(わらびて)と呼ばれる楕円の一部を切り取った形の引き手を取り付けます。太い丸棒で作られた蕨手は、重量のある船箪笥を運ぶ際に手のひらにかかる負担を和らげてくれます。箪笥に小判がたまってずっしりと重くなったときなどは、この蕨手に麻縄を結びつけ、駕篭かきのように棹を通して2人で担いだようです。
 このほか観音扉に使う丸環は、丸棒を赤めながら型に巻き付けて作ります。鉄の丸棒は常温でも強い力を加えれば曲げることができますが、赤めて曲げると内側に力がみなぎるような形に仕上がるのが不思議です。丸環の外側が伸びて円になるか内側が縮んで円になるかの違いなのかも知れません。
 4番目は筆硯などを入れる浅い引き出しに使う小さなつまみです。鉄の丸棒を削って指掛かりを良くし、花菱の座金と共に引き出し前板に取り付けます。
 

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- 塗り上がり -
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-  塗りの工程が終わりました。引き出しや前扉は、長い間湿度の高い塗り部屋に入っていたために板が膨らんでいて本体に収まりません。3日ほどかけて湿度を下げると元通りになります。
 
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- 金具の焼き付け -
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-  金具に漆を焼き付けています。
 加工を終えた金具の錆や汚れ、油分を完全に取り除き、ガス・コンロで熱を加えます。銀色だった鉄はある温度に達するときつね色に変わり、次第に青くなって最終的には青味を帯びた灰色に落ち着きます。この段階で「皮」と呼ばれる酸化皮膜ができ、防錆効果が生まれると同時に漆の焼き付きがよくなります。
 皮が付いたらすこし火を弱め、金具の温度が適当になったところを見計らって生漆をこすりつけます。白い煙が立ち昇り、飴が焦げたような独特の匂いがたちこめます。乳褐色の生漆が見る間に黒く変色していきます。この作業を数回繰り返し、しっかりとした漆黒の塗膜で金具を覆います。
 焼き付けに使う刷毛の材料は、工房のそばの川原に自生している「クゴ」という草を使います。刷毛の作り方も含めて鉄金具の着色法について多くのことを、地元の伝統産業である南部鉄器の職人達から教わりました。
 
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- 縁金具作り -
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-  箪笥本体の周囲に回す縁金具を作ります。厚さ1.2mmの鉄板を切断して周囲を仕上げ、釘穴を開けてから折り曲げます。裏側から「影タガネ」を入れることによって正確に、なおかつ角が立つように折り曲げることができます。
 縁金具は上下四隅の金具合計8個を仕上げて木地に取り付け、その後で間にはまる縁金具を削り合わせ、隙間ができないように仕上げます。
 
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- 金具完成 -
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-  焼き付けの終わった錠前の部品を組み立てて、金具作りの全工程が終わりました。すでに取り付け始めた縁金具も含めると金具の数は130個余り、錠前の細かい部品や座金なども入れると270数個になります。
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季 節 - -
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- 金具の取り付け -
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-  いよいよ金具の取り付けです。
 慎重に。慎重に。
 「この板は左の扉だったよな」
 見慣れた木目だからそんな間違いが起こるはずもないのに、最初の鑿を入れる前は不安になって何度も見直してしまいます。
 釘打ちは家大工のそれとは違い、ひとつひとつ錐で下穴を開けなければなりません。板の端近くに釘を打ち込むため、そうしないと割れるおそれがあるからです。
 磨き上げた欅の木目ですが、金具に隠れる部分は二度と目に触れることはありません。木の好きな人からは「もったいない」という声が聞こえてきますが、欅の玉杢ほど船箪笥の金具を引き立ててくれる材料はありません。金具の間から覗く木目は、隠れた部分を連想させてかえって魅力的に映ります。
 1枚の扉、1杯の引き出しの取り付けが終わるたびに本体にはめてみて、小休止して出来具合を確かめます。取り付け位置は正しいか、木目はどう見えるか、金具は生き生きとしているか、バランスはどうか。判断するのは21世紀に生きる私たちの美意識ですが、江戸時代の職人ならどう思うかということをいつも自分に問いかけています。そして彼らの眼に近づこうとするとき、いつも思いを馳せるのは船箪笥を傍らに置いて日本海を往来した船乗りたちの姿です。
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-  18世紀、蝦夷地の産物への需要の高まりによって北前船の時代が到来しました。
 北前船交易は1往復で船の建造費が賄えるほど大きな利益を生みましたが、船頭たちは案外物欲が薄く、何よりも海と船が好きという気質は共通していたようです。代々船乗りの家系だけではなく農民や漁民の子から船乗りになるものも多く、才覚あるものはやがて船持ち船頭に出世しました。土地と身分に縛られた封建時代にあって、もろもろの制約があったとはいえ大海原を自由に疾走する気分はどんなに爽快だったことでしょう。
 船頭には雲や風の動きから気象を正確に読み取り的確に対処する能力、沿岸の地形や潮流についての幅広い知識、船員を統率して船を巧みに操る航海術が求められました。彼らはまた、工夫や発明など知的冒険心も旺盛な男たちで、遠く離れた土地の風物にも強い好奇心を抱いていました。
 一方で当時の航海は「板子一枚、下は地獄」といわれるように常に難破、漂流の危険と隣り合わせでした。嵐や暴風で破船した船の数は、1年間に500艘とも1000艘とも言われています。人の力ではどうにもならない自然の脅威は船乗り達の信仰心を益々篤くさせました。しかしそれはただ座してご利益を願う安直な態度ではなく、智恵と力の限りを尽くした上で神仏に身を委ねるという、まさに「人事を尽くして天命を待つ」心境だったことが、当時の船頭が書き残した文書などから読み取れます。

 船箪笥は、そんな船乗り達が腕を見込んだ職人に作らせ、愛用した箪笥です。
 厳しい眼を持つ注文主を得て、先輩達は緊張感をもって仕事に臨んだに違いありません。船頭達の暮らしを間近で見聞きしていた職人達は、負けてはおれぬとばかりに技の限りを尽くしてからくりに挑み、一方では航海の安全を祈りながら金具を仕上げたのではなかったでしょうか。
 船箪笥の飾り金具が寺社建築に淵源を持つことは前に述べました。同じ源流を持つ仏壇金具の繊細で洗練されたデザインとは対照的に、船箪笥金具は、ある時は自然と格闘し、ある時は限りない恩恵を受ける日々の中で、水平線から立ち上る雲や風に運ばれてくる波濤にも似た力強い形に発展していったのだと思います。正面に必ずといってよいほど欅の玉杢を使ったのも、それが古来仏教と結びついて使われてきたことと無関係ではないでしょう。船箪笥の正面を飾っているものは決して装飾のための装飾ではなく、信仰が根底にある祈りの造形だったのです。
 船箪笥はその美しいデザインと、内部に仕掛けられた巧みなからくりで私たちを惹きつけます。その内と外はあたかも名作映画の2本立てのように我々を楽しませてくれるものの、お互いの間に直接の関連性はないだろうと長い間考えていました。しかし、船箪笥の内側を智恵と好奇心に富む船頭達の姿にたとえれば、それを包みこむ外側のデザインは人智を超えた大自然や神仏の働きを具現しているのではないだろうか、だとすれば、船箪笥というものは北前船頭の生き様そのものなのではないか、最近ではそのように考えるようになりました。

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- 船箪笥「帳箱」
2006年11月17日完成
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船箪笥(半櫃)製作の日々 >>
(2008年3月〜2010年11月)

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