道具の話
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 木釘

 道具というよりは材料ですが、木釘の話です。今回の船箪笥には400本以上の木釘を使います。
 木釘は、ウツギの木を削って作ります。ウツギは卯の花の控え目な美しさに似合わず生命力の強い樹で、繰り返し刈っても枯れないため、このあたりでは土地の境に目印として植えられています。材質も非常に強くて粘りがあり、直径3ミリほどのウツギ釘でも指の力だけでは容易に折ることができません。
 削った木釘は、米糠と一緒に弱火でじっくり炒ってから使います。こうすると水分がよく抜けて木が引き締まり、同時に糠の油がしみ込んで釘が丈夫になります。
 木釘を十分に利かせるためにはその形、下穴、打ち込み角度の3拍子が揃っていなければなりません。上手下手は引出を裏返して見ればすぐにわかります。昔はそうやって品定めをするお客も多かったといいます。

 ところで、明治時代の落語家三遊亭園長の作に「名人長二」という人情噺があります。主人公の長二は江戸で一番といわれた指物師。彼が木釘について話す場面です。

 
 箱というものは木を寄せて拵えるものだから、暴くすりァ毀(こわ)れるのがあたりめえだ、それが幾ら使っても百年も二百年も毀れずに元のまんまで居るというのァ、仕事に精神(たましい)を入れてするからの事だ、精神を入れるというのは外じゃァねえ、釘の削り塩梅(あんばい)から板の拵え工合と釘の打ち様にあるんだ、それだから釘一本他人に削らせちゃァ自分の精神が入らねえところが出来て、道具が死んでしもうのだ、死んでる道具は直に毀れッちまう
 

 こんな台詞が落語になる時代ですから、よい仕事がたくさん残ったのだと思います。
 安い鉄釘や木ネジが手に入るようになってからも、木釘は組み立て後に鉋掛けや塗装ができ、鉄釘よりも耐久性があり、古くなったら修理もしやすいなど、優れた点があるため使われ続けています。

 
 「名人長二」の全文はインターネットの無料図書館、青空文庫で読むことができます。

http://www.aozora.gr.jp/cards/000989/card1489.html

長二の印象的な言葉をもうひとつ
「素人には分らねえから宣いと云って拙いのを隠して売付けるのは素人の目を盗むのだから盗人も同様だ、手前盗人をしても銭が欲しいのか」
 

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